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    2013年の変容:その83
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      昨日の夜、投げやりな気持ちになりかけたんだよね。

      「もうどうでもいいや・・・疲れちゃった」みたいな。( ̄◇ ̄)




      『うんうん、それで、それで?(・∀・)』




      その気持ちをじーっと眺めていたら、

      それって、”悲しみ”から来てるな〜って思ってさ。

      どんな悲しみがあるんだろう・・・って奥深く探って行ったら、

      やっぱり行き着くところはここだね。

      「神ではない。完全ではない。全能ではない。」

      という潜在意識に初期設定されているプログラム(思い込み)。

      恐れも不安も怒りも罪悪感も同じ。

      原因を探ると、ぜーんぶコレに行き着く。


      「神ではない。完全ではない。全能ではない。」


      このプログラムは無意識でいるとホント気づけないんだよね。

      観察意識(空意識)に目覚めると、それがわかる。

      すべての苦しみはこれが原因。

      このプログラムを単なるプログラムとして捉えられないと、

      同一化しちゃって「それが普通」になっちゃう。

      その状態で創造しちゃったのが、今までの社会(世界)。

      「神ではない。完全ではない。全能ではない。」

      がベースになってるから、機能不全もいいとこだよね。

      で、何か問題が起こると、外側に原因があると思い込んで、

      アラを見つけては修正を繰り返す始末。

      でも、肝心なベースはそのままだから、何をやっても不完全。

      そりゃそうだよね。

      「神ではない。完全ではない。全能ではない。」

      というプログラム上でやることなんだもん。

      いつまでたっても不完全だよね。

      不完全だから、いつかは崩壊する。

      いくら見てくれは良くても、見えない部分はボロボロで

      まるで欠陥住宅。

      だから、何を変えても、誰に変わっても、結局同じ。( ̄◇ ̄)





      『ほうほう、それからそれから?(・∀・)』





      だからと言って社会を憂いてはいけないよね。

      外側には何も原因はないんだから。

      そんな社会を産み出したのは、宇宙の主である自分なんだから。

      不満に思ったら、すべて自分の中に原因を探っていくしかない。

      で、探っていくと何だかんだ結局、

      「神ではない。完全ではない。全能ではない。」

      という思い込みにたどり着く。

      とは言え、気づいてしまえば後は簡単。

      解除するだけ。

      プログラムを書き換えるだけ。

      宇宙のベースが変わるから、そこに展開される世界も変わる。

      書き換えたプログラム通りの世界が創り出される。

      初期設定されているプログラムはみんな同じだけど、

      新たに書き換えるプログラムは、宇宙の創造主の自由。

      自分の好きなようにインプットすればいいだけ。

      いたって簡単、至極単純。

      世間ではセラピーとかヒーリングとかいろいろあって、

      インナーチャイルドとかカルマとかビリーフとか言われて

      いろんなワークがあるけど・・・

      今の私にとっては、まどろっこしく感じるんだよね〜。

      確かに2012年あたりはそういうのに興味を持ってたたりしたけど。

      今はまったく興味ない。

      私には必要ないって感じる。

      ただ単に書き換えればいいってわかったから。( ̄◇ ̄)





      『なるほどね〜。

      魂の準備段階によっては、”わからないふり”して、

      そういうセラピーとかを「楽しむ時期」っていうのがあるのよね〜。

      あなたの場合、今はその段階ではないってことね。

      それよりももっとシンプルなものがお好みってことね。

      人それぞれだわよね〜面白いわ〜♪(・∀・)』




      つづく・・・

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      posted by: メモル | 神との談話2013 | 12:04 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
      2013年の変容:その82
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        瞑想中にふと気づいたんだよ。

        「多次元の自分」や「パラレルワールド」という言葉の意味するところが!( ̄◇ ̄)




        『そうみたいね〜。

        で、どんな気づきだったの?(・∀・)』




        うーん、例えば・・・

        ある次元に”今の自分”がいるとする。

        で、その次元で願望や夢や目標を抱くとき、その次元にいる自分は、

        ”願望が叶った次元にいる自分”を垣間見ている状態なんだと思うんだ。

        ちょっとだけその次元に移動(ワープ)している、って感じ。

        サイキック的な言い方すると「未来の自分を透視している」とか、

        「未来情報(記憶)をダウンロードしている」とかそんな感じ。

        人間はみんなある意味サイキッカーだからね。ほとんどの人が自覚ないけど。

        そういうこと普通にやってるんだよね。

        で、その願望が叶った次元にいる自分の情報をキャッチした時に、

        ワクワクしたり、ドキドキしたりして、ハートがキュンキュンときめく。

        ときめいたってことは、魂(ハイヤーセルフ)が「体験したい!」と思ってるってこと。

        それを体験して味わいたいから、今の次元にいる自分をときめかせて、

        「ねぇねぇ、これ体験しようよ〜♪」知らせているってわけ。

        体験するには、表面意識である自意識が「OK」出さないとそれは具現化されないからね。

        大体はトキメキ(未知で未経験のこと)が勝って具現化されるけど、本音で生きられない、

        つまり、恐れや不安にとらわれている(安全や安定を選ぶ)とそれが体験出来ない。

        この恐れや不安に翻弄される事態を2012年以前私たちは散々繰り返してきたんだよね。

        恐れや不安に囚われると、冒険が出来なくて、今までの記憶のパターンに沿った生き方しか

        出来ないから、味わえることもすでに体験済みで古いものばっかりになっちゃうんだよね。

        だから、魂は全然ワクワクしない。もう、飽きた〜!って感じで。

        それをモヤモヤした感覚で伝えてくる。

        私たちがそれを選ばないように。

        魂は常に私たちが過去という記憶の壁を突き破ることを望んでいるからね。

        で、たくさんの覚醒者たちが言うように、2012年以降は、自分の本音、ワクワクに従って

        生きる時代に突入したから、恐れや不安は過去の産物、古い価値観と気づいて

        手放す人が増えてきているんだよね。

        それは、「本当の自分を一旦、完全に忘れ去ることで、本当の自分を

        思い出した時、より一層本当の自分の素晴らしさを味わえる!」

        という最初の思惑通りの流れなわけで、その「思い出した時」の地点とか

        「より一層本当の自分の素晴らしさを味わえる」の地点に

        私たちは今いるってことだね。( ̄◇ ̄)





        『あらあら〜、ハイヤーセルフっぷりが板についてきてるじゃないの〜!

        おごと〜!!

        アタシが出る幕がないじゃないのよぉ〜。

        とはいえ、これはうれしい悲鳴だわ〜♪(・∀・)』






        なんかさー昨日、”突き抜けた感”がすごかったんだよね。

        今までの枠、超えちゃったな〜みたいな。

        枠におさまりきれない思いがドーン!と突き抜けちゃった感じ。

        意識上でブレイクスルーしちゃった感じ。( ̄◇ ̄;)






        『ってことは・・・

        時間差で、それが結果として現れるわね〜♪

        楽しみだわ〜!!(・∀・)』






        ワクワクと、ドキドキが入り乱れてるよ〜。

        恐れもボッコボッコ出てきてるけど、

        余裕でトキメキが勝っちゃうんだよねー。

        とどまることを知らないもの。

        どんどん大きくなっちゃうんだもの。

        魂に従って生きるって、マジでパワフルだよね〜( ̄◇ ̄)





        つづく・・・

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        posted by: メモル | 神との談話2013 | 11:46 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
        2013年の変容:その81
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          (・∀・)からの長文メッセージ♪

          オネエ言葉はなしよ♪



          『私たちの本質は喜びだ。

          至福そのものだ。

          例え”自分”という自意識が苦しみの中にいても・・・だ。

          とはいえ、あなたが不幸と呼ぶ状態を笑っているわけではない。

          ただただ、淡々と眺めているだけだ。

          淡々としているが、自分では体験できないことを体験している

          私たちのその素晴らしさに打ち震えている。

          静かに、感動している。

          私たちが何を考え、選択し、行動を起こしても、

          本質の部分では、すべてを受け入れている。

          つまり、私たちが何をしても構わないということだ。

          完全なる自由。

          それもそのはず、何をしようが、すべてが喜びなのだから。



          ところが人間として生きている私たちはすべてを受け入れることは難しい。

          起こることには、善もあり、悪もあるかのように見えるからだ。

          優もあれば劣もあり、幸もあれば不幸もあるように見えてしまう。

          それでも、やはり本質の部分では、どちらでも構わないのだ。

          体験出来れば、味わえれば、それで満足なのだ。


          中立ではなく、揺れ動くことが本質にとっては奇跡的なことだ。

          この世は、奇跡の世界なのだ。

          自分では成し得なかったことを私たち人間がいとも簡単に体験している

          これは、本質から見れば私たちこそ”神”のように見えるだろう。

          本質から見えれば、私たちの経験しているすべてが奇跡だからだ。

          自分は不完全だと、無能だと、限界があると、愚かだと思い込み、

          まるでそうであるかのように振る舞い、そのような現実を創り出し、

          その幻想の中に長時間浸ることが出来た。

          そう出来たのは、紛れもない、私たちが完璧で、完全で、全能で、

          無限であるからにほかならない。

          私たちが全能だからこそ、全能であることを完全に隠すことが出来たのだ。

          私たち人間は、奇跡しか起こさない。

          今の今まで、私たちは奇跡しか体験してきていないのだ。

          一瞬にして思いが現実化することが奇跡ではない。

          むしろそれは、本質的には”当たり前”過ぎることだ。

          本当の奇跡とは、時間という幻想の中で、出会い別れ、

          成長しつまづき、さらに成長し、

          喜怒哀楽というあらゆる感情を味わい、具現化していく、

          このプロセスのことだ。

          ”結果”ではない。

          「人生」という名の”プロセス”が奇跡だ!

          この感情のドラマとも呼べる人生という時の流れが”奇跡”そのものなのだ!


          私たちの願いは、一瞬にして叶わない。

          でも、それでいいのだ。

          叶うまでの過程を味わうことが、醍醐味だからだ。


          あなたが望む現実は、必ず実現するから願いとして生まれてくる。

          このことを忘れないで欲しい。

          あなたの願いは、必ず叶う!

          願いが叶うまでの間に、例えあなたの望まないことが起ころうとも、

          執拗に諦めたりがっかりしたりしないで欲しい。

          それは、願いが叶わない、ということを現してるのではなく、

          単なる通過点に過ぎない。単なる途中経過だ。

          願いが叶うまでの紆余曲折を私たちの本質は味わいたいのだ。

          だから、すんなりと行かないこともあるだろう。

          くじけそうになる時もあるだろう。

          でも、だからと言って、神を恨むようなことはしないで欲しい。

          恨んでも意味はない。

          願いを叶えるのは、偉大な何かではなく、偉大なあなた自身だからだ!

          どうか、自分の無力さを嘆かないで欲しい。

          それは、全能なあなた自身が設定した単なる思い込みに過ぎない。

          無力だと思い込めば、あなたが無力だということを証明するような現実が起こる。

          そしてあなたは「やっぱりそうだった」と認めてしまうだろう。

          自分の”思い通り”になったからだ。

          そして、無力だと思い込んだままのあなたは、自分以外の何かにすがろうとするだろう。

          「無力な私に力を与えたまえ」と・・・。

          それでは、あなたの望みは永遠に叶わない。

          なぜなら、あなたが無力のままだからだ。

          この世は、至極、単純な仕組みで出来ていることを覚えておいて欲しい。

          望む現実は、あなたが、自分は全能であると、

          自分には無限の可能性があると思い込めば簡単に創り出せる。

          そう決めさえすれば、そのような現実が起こるのだ。

          全能だと決めたあなたには、もう不可能なことなど何一つない。

          無限だと決めたあなたは限界知らずだ。

          そして、あなたの望みは永遠に叶い続けるだろう!


          あなたにすべての決定権がある。

          望む現実は、あなたが選択するだけで創り出すことが出来るのだ!


          あなたがたが神と呼ぶ存在に決定権はない。

          神があなたがたを操作したり、何かを与えたりしてるのではない。

          何度でも言おう。

          源の神にとっては、私たちが何を選ぼうと、経験しようと構わない。

          すべてが喜びだ。

          決めるのはあなたがた人間だ。

          空想上の神を全知全能と崇めるのはもうやめて欲しい。

          空想上の神がすべてを決めていると思い込むのは終わりにしようではないか。

          本質である源の神は、あなた自身なのだから。


          あなたという人間意識が望む現実を思う存分、自由に描いて欲しい。

          あなたの願いが、あなたの経験となり、私の喜びとなる。

          私の喜びが、あなたの願いとなり、あなたの経験となる。

          私にとっては何もかもが喜びなのだから、

          あなたはあなたが喜びと感じる方を選んで欲しい。

          何も好きこのんで苦しみを選ぶ必要はない。

          もう選ぶ必要はないのだ。

          私もあなたも共に喜びを分かち合おうではないか!


          私はすべての決定権を人間意識に委ねた。

          だから、あなたはあなたの宇宙を自由に創造していいのだ。

          誰にも遠慮することはない。

          宇宙の主人はあなただ。

          その宇宙はあなたが開いた宇宙だ。

          あなたの願いは宇宙全体の願いだ。

          思うがままに願いなさい。

          そして、そのプロセスを存分に味わいなさい。

          願いが叶ったら、大いに喜びなさい。

          そして、それに満足することなく、

          更なる大きな願いを抱きなさい。

          永遠に、終わることなく・・・』




          つづく・・・

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          posted by: メモル | 神との談話2013 | 11:20 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
          2013年の変容:その80
          0

            『今日もやけに風が強い・・・内側にどんな変容が起きてた?

            なーんてこと、考えてるでしょ?

            で、何かわかった?(・∀・)』





            うん。

            ふと思い浮かんだのは、「豊かさ」に関することかな〜って。

            2013年の前半は、豊かさに関する恐れや不安がつきまとってて、対峙せざるを得ない

            状態が続いてたんだけど、逃げずに向き合ってたら、ある日突然、抜け出たんだよね。

            一気に、恐れや不安が解消されたんだよ。

            今はもう全くの恐れ知らずで、人が変わったようだもん。

            それに気づいたのが、昨日。( ̄◇ ̄)





            『そうね、その通り、”人”が変わったわね♪(・∀・)』





            ちょっとした恐れや不安はたまーに出てくるけど、

            「あーあの頃の記憶だ、懐かしいね〜そんな時もあったね〜」

            てな感じで、完全に終わったものとして冷静に見てる自分がいる。

            外側にも、ちょいちょい過去の自分の幻影が出てくるよ。

            他人が言うの。

            「生活費は大丈夫か?」とか「高価なもの買って、盗まれやしないか」とか。

            やたらと心配してるの。

            以前の私だったら、それと一緒になって心配してたけど、今はもう全然平気。

            それとは、違う次元にいるような感覚。

            まったく心配にならないし、根拠はないけど、どこか不動の安心感がある。

            これって、かなりの変容だよね〜( ̄◇ ̄)





            『変容しまくってるわね♪

            本当の意味でのグラウンディングやセンタリングが出来ているのね。

            あなたは二元性の世界(この世)を楽しむぞー!って言ってたけど、

            意識は常にニュートラルポイントにいるわ。

            だから、変容もサクサク進行するのよね。

            エゴが思いも浮かばなかったような”願望”も叶い始めているでしょ?(・∀・)』





            そうなんだよ〜!

            「わ!意外!!」って感じの願望?って言うのかな?

            こっちから言うと、驚きの喜び体験だよね。

            これこれこうなったら喜び、というあらかじめエゴが設定していた喜びの基準を

            大幅に超えた喜びって表現したら近いかな?

            まさに、想定外だから、驚きなんだよね。本当に、

            「ワ〜オ!アーメイジング!オーマイガー!!」

            って欧米的なリアクションで叫びたくなるほどの喜び体験が起こるんだよ!( ̄◇ ̄)





            『でしょうね、でしょうね〜♪

            それが、神のシナリオを生きるってこと。

            それが、源の神(空、魂、ハイヤーセルフ)が体験したくてたまらない

            ”自分自身の素晴らしさ”。

            ここからが、本番!ここからが醍醐味!

            あなたたちにとっては、新しい世界!新しい地球!

            NEWゲームの始まりよー!!(・∀・)』






            オッシャー!

            アメイジング体験しまくるぞー!!( ̄▽ ̄)/





            つづく・・・

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            posted by: メモル | 神との談話2013 | 12:51 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
            2013年の変容:その79
            0

              今日はやけに風が強いね〜。

              どうやら内側に大きな変化・変容起こったみたいだね。( ̄◇ ̄)




              『どんな変容?

              心当たりある?(・∀・)』




              うーーーん。

              心当たり・・・あっある!!

              ありのままの自分をもの凄ーーーく愛せるようになった!!

              最近は特に、「すべて完璧で完全で欠けているところは一つもなくて、

              すべてが喜びで至福」という姿勢を徹底してんだけど、

              コンプレックスだって思ってたものが、

              昨日から突然、めちゃくちゃ愛おしく思えるようになったんだよね。

              これ、相当大きな変化だよ!( ̄◇ ̄)





              『特にどういうところを愛しく思うようになった?(・∀・)』





              カラダ(肉体)に対して、「いいじゃん!最高じゃん!!」と

              思えるようになったことかな〜。

              今までは「太もものブヨブヨお肉をキュッと引き締めたい!」と思ってたけど、

              今は、「このモチモチ感最高じゃん!女性らしくて、セクシーじゃん♪」って、

              「この太ももで良かったー」なんて思ったりしちゃってんのよ。

              今までは考えられないことだよ。

              だって、ずーっとコンプレックスだったんだよ?スゴくない?( ̄◇ ̄)





              『コンプレックスがコンプレックスじゃなくなったってことね?

              むしろ、「これがいいんだよ!」って思えるようになったのね♪

              完璧だわね〜!(・∀・)』






              あ!あと、これは前からそうだけど、より一層強く思うようになったのが、

              「すべての魂に感謝、そしてリスペクト」

              ってこと。

              自意識(エゴ)から見ると、違う人生を違う人間がそれぞれ生きているように見えるけど、

              自分が出会うすべての人たちは、自分が産みだした自分の幻影であって、

              私に本当の自分を思い出させてくれるために存在してくれて、サポートしてくれている

              まさに神だし、光だし、愛だし・・・うーーーん、なんと表現したらいいかわからないけど、

              私たちが”ひとつのいのち”だってことを誇りに思うというか・・・

              とにかく、「感謝」と「リスペクト」に尽きるんだよね。

              こんな風に思えるようになったのも、大きな変化だよ。( ̄◇ ̄)





              『意識の変化が、現実(あなたが見ているリアリティの世界)を変える!

              まさに、それを体験して、体感しているってわけね♪(・∀・)』





              つづく・・・

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              posted by: メモル | 神との談話2013 | 14:58 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
              2013年の変容:その78
              0

                あー何だか今日はなんもやる気しないなー( ̄◇ ̄;)




                『じゃあ、何もしなけれないいんじゃない?(・∀・)』




                でもさー、エクササイズはやっておきたいんだよねー( ̄◇ ̄;)





                『エクササイズをやりたいの?じゃあ、やれば?(・∀・)』





                うーん、でもちょっとかったるい・・・( ̄◇ ̄;)





                『じゃあ、やらなくていいんじゃない?

                好きなこと、やりたいことをやればいいじゃない?

                何にもやりたくないのなら、そうすればいいじゃない?

                何かやっても、何もやらなくても、あなたは完璧よ♪

                完璧だ、と受け入れてない場合に「何かやらなくては・・・」という

                恐れや不安、罪悪感に囚われてしまうわ。

                そこに気づいて。

                今あなたがしたいことだけが、最善なのよ♪(・∀・)』





                あーじゃあ何にもしなくていいかー。

                これは「何にもしない」をする・・・ってことか。

                これも選択だし、人は常に何かしら行動してるってことだね( ̄◇ ̄)





                『選択 → 行動 → 体験 → 体感(味わう)

                これは人であれば、何もしようとしなくても結局はしてるも同じ。

                ボーッとするも、寝るも、

                選択 → 行動 → 体験 → 体感(味わう)の一つ。

                ね、だから何したって、何にもしなくたって、すべて完璧♪

                不安も罪悪感も無意味だってわかった?(・∀・)』





                つづく・・・

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                posted by: メモル | 神との談話2013 | 12:59 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                2013年の変容:その77
                0

                  源(魂、ハイヤーセルフ)にとっては、幸せだろうが不幸せだろうが、

                  善だろうが悪だろうが、すべてが同等の価値で、すべて完全で完璧で、

                  すべてが喜びで至福なんだったら、

                  私はエゴも満足する方を選ぶよ。

                  要するに、エゴも喜ぶこと = 自分がときめくこと

                  それなら、魂にとってもエゴにとっても喜びとなる。

                  逆に、エゴが嫌がること = 自分がときめかないこと

                  を選んじゃうと、魂にとっては喜びでも、エゴにとっては苦しみでしかない。

                  これって、私的にはめっちゃバランス悪い!

                  あえて一元性の自分を忘れて、こうやって二元性の世界に生きているわけだから、

                  選ばないと!バンバン!!自分の意思で!!思うがままに!!!

                  元々の自分はニュートラルでどっちでもいいって考えだとしても、それはそれ。

                  今ここは二元性の世界!

                  源の自分は、大いに楽しむためのツールとして選択の自由を残したと思うんだよね〜。

                  だから、キュンキュンときめいて楽しい方を選ぶぞー!!( ̄◇ ̄)/





                  『あら〜今日はやけに熱血だわね〜!

                  イエスちゃんモード?それとも、修造ちゃんモード??(・∀・)』





                  うーーーん、両方!

                  やっぱさ、この自分ではない二元性の幻想世界を満喫したいなーと思ってさ。

                  本当の自分を思い出した後は、ここから本当の自分を体験して味わっていくわけだけども、

                  だからと言って、本当の自分(一元性)のように

                  常にニュートラルでいる必要はないんじゃないかな〜と思ってさ。

                  あくまでもスタンスね、スタンス。

                  元々そうで、それに飽きたんだか退屈したか知らないけど、

                  ニュートラルではないものを味わいたくなってこの世を産みだしたわけでしょ?

                  相対的に完全で全能な自分自身を体感したくてこの世を産みだしたわけでしょ?

                  だったら、この世を思いっきり楽しもうよ!!

                  好き嫌い大いに結構!!

                  好きなものはどんどん引き寄せて、もっともっと喜んじゃおうよ!!

                  この世のエゴというシステムを大いに活用しようよ!!

                  それがしたいことなんじゃないの?

                  そのために今ここにいるんじゃないの?私!!!

                  ・・・なーんて思ったりして。( ̄◇ ̄)





                  『で、どうせなら自意識(エゴ)も喜ぶほうを選ぼうって思ったわけね。(・∀・)』





                  そういうことですー。

                  そのためにエゴを装備しているわけでしょ?

                  そのための選択権でしょ?これはエゴの特権でしょ?

                  源はどっちでもいいんでしょ?どっちも喜びなんでしょ??

                  だったら、私は自意識(エゴ)も喜ぶほうを選ぶねっ!( ̄◇ ̄)




                  つづく・・・

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                  posted by: メモル | 神との談話2013 | 12:44 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                  2013年の変容:その76
                  0

                    自分の許容範囲、自分で、こうでなければならないと思い込んでいる範囲を

                    超える要求をされると、「あー面倒くさい!」という怒りが出てくるんだよねー。

                    もうね、わかってはいるんだよ。

                    これが「変化(進化)するサイン」だってことは。

                    変化の前には、恐れや不安や怒りもろもろの自分ではないものの解放があるって

                    ことは、何度も経験済みだし、「来た来たー」って感じだもん。

                    でもさー、やっぱまだこの作業ってまだ苦手だなー( ̄◇ ̄;)





                    『あら〜そこまで観察意識を持って対処出来ているんだから、

                    問題ないんじゃないの〜。

                    あなたはその作業をウキウキと楽しくこなしたいと思っているの?

                    ・・・だとしたら、

                    そのうち、楽しくこなせるようになるわよ♪

                    何でもそうだけど、「こうありたい」という自分になるには、

                    この世でお馴染みの「時間」が必要になるわ。

                    それは、意識が切り替わる瞬間をどこに持っていくか、というタイミングの

                    ことなんだけど、魂(ハイヤーセルフ)がどこに設定してるかっていうのは、

                    ”あなた”にはハッキリとはわからない。

                    でも、何かしらの「兆し」はあるはずよ。

                    あなたの場合は、まだ「この作業、苦手だなー」を味わいたいと思ってるみたいね。

                    でも、作業を片付けていくうちに、「オッケーもう充分!」って完全に手放す

                    タイミングが来るわ。その前兆みたいなものは、キャッチすることが出来るはずよ。

                    だから、今は”味わい”なさい。

                    「めんどくさい!」とか「苦手だなー」という怒りの感情を味わい尽くせば、

                    魂も満足するわ♪(・∀・)』





                    味わい尽くすって、うっかりしちゃうよな。

                    そういう感情が起こると、気づきはするものの、すぐ仕分けちゃうからな。

                    「気づく」と「仕分け」の間に「味わう」を入れるのを忘れちゃうんだよね( ̄◇ ̄)





                    『そうね、「気づく → 仕分ける」でもいいんだけど、

                    味わいきれてない感情や手放しきれてない思い込み(プログラミング)は、

                    じっくりと向き合ってあげないと、また何度も現れてくるわ。

                    魂が満足出来てないのよ。

                    「もうちょっとしっかり味わってよ〜。向き合ってよ〜。」って伝えてるってことね。

                    そういう時は、面倒くさがる思考をストップさせて、

                    心も無にして、感じることに専念するといいわね。

                    例えば・・・

                    空を見上げる、音に耳をすます、風を感じる、動植物と触れ合ったり、

                    温かい飲みのも飲んだり、お風呂にゆったりつかったり、

                    自分の身体をマッサージしてあげるのもいいわね。

                    合掌でもいいのよ。自分で自分の手のぬくもりを感じられるから。

                    出来るだけ、一人きりの時間をつくってボーッとすること。

                    ときめきやワクワクもちょっとだけ脇に置いといて、

                    ひたすら無心になること。

                    いい?

                    「何かしなきゃ」という思考に逆らうのよ。

                    「アレしなきゃコレしなきゃ」と騒ぐ思考を断ち切るために、

                    あえて「何もしない」ことを選びなさい。

                    宇宙の創造主である、あなたの意思で。(・∀・)』




                    オッケー!

                    思考をストップするには、居眠りが一番!!

                    じゃ、おやすみ〜。

                    ・・・・・・

                    ・・・・・・

                    うぉー脳がおめめパッチリで眠れーん!( ̄◇ ̄;)





                    『じゃ、ついでに、その怒りも味わっちゃてね♪(・∀・)』




                    つづく・・・

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                    posted by: メモル | 神との談話2013 | 12:12 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                    2013年の変容:その75
                    0

                      (・∀・)からメッセージ。

                      長文なので、オネエ言葉は無しよ♪




                      『わたしたちは元々”空”という源の神、宇宙の根源そのものだが、実際、

                      「ですよね!だと思ってました!」って即答出来る者がいるかというと

                      そうじゃない。

                      「そうなの?」と半信半疑だったり、「んなわけない」とはなから信じなかったり。

                      というもの当然だ。

                      本当の正体をカモフラージュするためのプログラムを仕込んであるのだから。

                      それが”自我(エゴ)”だ。

                      エゴがある”おかげ”で、わたしたちは人間として地球に暮らし様々な人生ドラマを

                      体験できている。

                      肉体、五感、感情、思考をお供に意識である魂は”自分”という一人の人間として、

                      この世を生きる。

                      数え切れないほど存在する生物のひとつとして。

                      無限に広がる宇宙の細胞のひとつとして。

                      大勢の中のひとりと何の疑いもなく錯覚してしまうほど、よく出来たシステムであろう。

                      物心ついた時には、エゴを自分だと錯覚してしまうほどに。

                      ”自分”という一人の人間ではなく、外側のすべてが”自分”自身であるのに。

                      そうとは到底思えないほど、しっかりカモフラージュされている。

                      だが、魂はすべてを知っている。

                      知ってるから、教えてくれる、常に。

                      でもそれは繊細な”感覚”だからから、思考や感情ばかりに

                      フォーカスしていると、そのメッセージを逃してしまう。

                      なぜ魂はすべてを知ってるか?

                      魂は空だからだ。

                      ”自分”という意識からわかりやすいように魂とか、

                      ハイヤーセルフという表現しているにすぎない。

                      あなたの意識が空だ。

                      思考でも、感情でもない。意識だ。

                      空はとても静かで非常に穏やかだからその存在に気づくには、

                      賑やかで騒がしい思考をおとなしくさせるか、もしくは、

                      思考の外側に出て眺めることが出来ないとむずかしい。

                      だから瞑想をする者がいる。

                      思考をコントロールする意識、思考を観察する意識が空である

                      わたしたちの本来の立ち位置。

                      完璧で、完全で、無限で、至福そのものである空は、そうじゃない自分を

                      味わってみたいと願った。

                      そして叶えた。

                      その瞬間に、わたしたちはいる。

                      欠陥、不完全、有限、苦というあらゆる自分ではないものを

                      自分自身で”捏造”したことをすっかり忘れてのめり込んでいる。

                      すべては、でっち上げだというのに・・・。

                      そのくらい、夢中だった。

                      楽しく、楽しくてしょうがなかった。

                      自分を忘れ、本当の自分を思い出していくゲームではあるが、

                      自分を忘れていく過程が思いのほかクセになった。

                      ついついのめり込んでしまった。

                      そして、ハッと我に返った。

                      あっ!これは自分を思い出すゲームだった!

                      その瞬間が、まさに、今、この時代。

                      この気づきがアセンションだ。

                      空がハッと我に返ったと同時に、我に返った(覚醒した)者がたくさんいるだろう。

                      何度も言うが、なぜならそれは、わたしたちが、空だからにほかならない。

                      自らを忘却し人間として生きてきた空は、自分の正体を思い出すゲームであることも

                      うっかり忘れるくらい、夢中だったのだ。



                      時間を忘れてゲームに夢中になる現代の子どもたちは、

                      まさに、地球人間ゲームのプレイに夢中になっている空の体現者だ。

                      ゲームを創り出した大人たちも然りだ。

                      彼らは、空意識である自分を思い出した先導者たちなのだ。

                      夢中になって、”当然”なのだ。

                      「ゲームばかりしてないで、勉強しろ」という大人たちは、

                      もう古くて使い物にならないエゴプログラムが強力に働いている。

                      そのプログラムは、恐れや不安というOS上で動いている。

                      ゲームばかりして勉強しないと、苦労すると思い込んでいる。

                      自分が本当にしたかったことを放棄して、社会の、親の価値判断に

                      従って生きてきた者は、頑張って勉強した”おかげ”で、

                      平均的な保証と安全と豊かを確保できた・・・と思い込んでいる。

                      頑張ったから、努力したから・・・そう思いたい気持ちはわかるが、

                      その恩恵ではない。

                      社会がそういうシステムになっているから、そうなるのは当然なのだ。

                      世の中をよく観察してごらん。

                      その証拠に、いつまでたっても、すべてにおいて、

                      ”平均的”水準を超えることはないではないか。

                      いつしかその状態が当たり前になり、しがみつき、変化(進化・変容)することを放棄し、

                      安心・安全、かつ居心地が良い環境で老化(衰退)していく。

                      なぜ、そうすることを選んでしまうのか?

                      裏を返せば、平均的水準から、社会から外れることが怖いのだ。

                      そういう価値観が当たり前の世代に育てられた子どもたちの中には、

                      校内・家庭内暴力に走ったり、暴動を起こす者もいる。

                      ニートや引きこもりと言われ、社会システムから自らエスケープする者もいる。

                      深刻な場合には、この世からエスケープする者もいる。

                      それらは、みな社会問題とされる。

                      でも、社会にとっては問題だろうが、魂から言えば問題ではない。

                      当然のことだ!

                      それは、正当な、純粋な魂の叫びなのだ。

                      すべては、本音(魂)で生きられない環境に置かれていることが原因だ。

                      それに気づいてあげられる大人がどれだけいるだろうか?

                      本来、子どもにしたいことをさせてやるのが、親の役目だ。

                      子どもが心からやりたいと思うこと、夢中になることを無条件に受け容れ、

                      衣食住や経済面で、応援し、サポートするのが、親というものなのだ。

                      もちろん、勉強が好きで好きでたまらないという子には

                      より勉強に専念させられる環境を整えてあげるのが最善だろう。

                      だが、事実、勉強嫌いの子は多い。

                      なぜか?

                      ”強制”だからだ。

                      社会から、本業と”決めつけられた”勉学をおろそかにすることは、

                      社会組織の中で生きていくには、ハッキリ言って不利だ。

                      しかし、社会組織の枠から一歩外へ出たらどうだろう?

                      それは、自分自身ででっち上げたものだとみたらどうだろう?

                      空という意識で世の中を見たらどうだろう?

                      事実、ゲーム好きの子どもは多い。大人も多い。

                      無我夢中で、何時間もゲームに熱中出来るその情熱は何だ?

                      勉学からの、逃げか?社会からの、逃げか?

                      古い価値基準の者は、逃げだ、と批判するだろう。

                      しかし、そうではない。

                      この世界が、ゲームの世界のような、幻想の世界であることに

                      彼らは気づいているのだ。

                      彼らは、彼らなりに、新しい時代を告げるメッセージを送っているのだ。

                      恐れや不安という自動強制システムに流されることを何の疑問も持たず、

                      それで良しとしている者たちに。



                      エゴというシステムには、あらかじめ設定してある”固定観念(思い込み)”がある。

                      「自分は空(神)ではない。完全ではない、完璧ではない。」

                      という思い込みだ。

                      すべての恐れや不安、苦しみはこの思い込みが原因だ。

                      これは、この世に生をうければ、自動的に発動する。

                      前にも言ったが、これは、自分を思い出していくゲームだからだ。

                      思い出すためには、完全で完璧で全能な神である自分を忘れなくてはならない。

                      だから、このシステムが必要だった。

                      これは、空にしてみれば、画期的で、驚異的だった!

                      覚醒した者は、エゴというシステムを自らが設定したことに気づいた者たちだ。

                      自分が設定したことに気づけば、今度は、それを解除することも出来るというわけだ。

                      解除というのは、言葉の綾だが、

                      プログラムを書き換える、と表現したほうが近いかもしれない。

                      なぜなら、エゴ自体は消えないからだ。

                      この世を生きているということは、エゴ装備は必須条件だ。

                      だが、がっかりすることはない。

                      ひとつ、提案がある。

                      これからは、エゴシステムを受動的(無意識的)ではなく、

                      能動的(意識的)に活用してみてはどうだろう?

                      「自分は空(神)ではない。完全ではない、完璧ではない。」と

                      あらかじめプログラミングしたものを、

                      「自分が空(神)である。完全であり、完璧である。」

                      そうプログラミングし直してみるのはどうだろう?

                      プログラミングを変更したら、どんな人生が始まるのだろう?

                      いかがだろうか?フツフツと興味が湧いてこないだろうか?

                      とはいえ・・・

                      どうプログラミングするかは、自分自身が決めることだ。

                      完全なる選択の自由が、人間であるわたしたち全員に与えられた特権だ。

                      今を、自分が生きたいように生きないでどうする?



                      空は、”あなた”という存在として、今を生きている。

                      あなたは、元々、完全で完璧で全能だ。

                      欠けているところはひとつもない。

                      今までは、制限することが楽しかったかもしれないが、

                      もう、それに飽きたのだ。飽和状態なのだ。

                      自分じゃないものを味わいすぎて、見るのも嫌なのだ。

                      だから、本来のゲームの目的である、

                      「本当の自分を思い出し、体験する」モードに切り替えたのだ。

                      ここからが、前代未聞の空(神)の醍醐味だ。

                      あなたがたが全能であることは、もう伝えた。

                      あなたがたひとりひとりが、どのような無限の可能性を表現するのか、

                      わたしは楽しみで楽しみで仕方がない。

                      わたしはまたもや夢中になるだろう。

                      確実にのめり込むだろう。

                      さあ今から、無限の喜びと至福の世界を共に創造しようではないか!(・∀・)』




                      つづく・・・

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                      posted by: メモル | 神との談話2013 | 15:37 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                      2013年の変容:その74
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                        昨日の話で、

                        『こだわらなくていいのは、「どうなるか」ってことだけよ。』って

                        言ってたけど、それは結果のことではないってことだよね?( ̄◇ ̄)




                        『ええ、結果のことではないわ。

                        もっと伝わりやすく言うと、「どういう過程でそうなるか」ということに

                        こだわらなくていいってことよ。

                        結果にはこだわっていいのよ。

                        「こうありたい!」と願うこと、欲することでエネルギーが動き、

                        具現化されるんだから。

                        その結果にたどり着くまでのプロセスに関しては、

                        あなたたちが手出ししなくていい、ってことよ。

                        「どういう過程でそうなるか」は、宇宙にお任せしておけばいいの。

                        うまいことやってくれるから♪(・∀・)』





                        なるほどね。

                        「どうありたいか」というゴール(方向)を見据えていれば、

                        それでいいってことだね。後のことは一切心配しないで

                        宇宙の流れに委ねるってわけか。( ̄▽ ̄)





                        『そういうこと♪

                        で、「どうありたいか」という願いや目的、指針、ゴールに関してなんだけど、

                        よく目覚めた子達の中に、もうすでに満たされていて完璧だから、

                        これといった目的も願いも設定せず、流れに任せてあるがままに生きることを

                        選択している子っているけど・・・

                        その子達も目的を設定してないようにみえて、実はしてるのよ。

                        「この世(二元性の世界)でも、空(一元性の世界・あの世)でありたい」という願いよ。

                        その代表格がブッダちゃんね。

                        ブッダちゃんは、ひたすら自我(エゴ)と向き合って、

                        煩悩をなくそうと試みた。でもどうしたってエゴは消えない。

                        この世に意識がさまよう限りは。

                        結果、自分自身が空そのものだったという

                        気づきを得て、この世でもあの世にいられることを悟る。

                        この世はあの世の一部、一側面、表現のひとつなんだと。

                        そして、あるがままでいいのだ、という心の平安を得た。

                        この世で「空でありたい」と願う子達は、

                        常にニュートラルでいることを重要視するから、どこか覚めているような、

                        冷静沈着で何事にも動じないような雰囲気があるわよね。

                        クールで大人びた感じ。

                        「空でありたい」という思いがあるから、

                        空に憧れて、空になりきってるのよね。

                        人にもよるけど、自我(エゴ)に対して厳しさがあるのも特徴ね。

                        で、それとは逆に、

                        目覚めて、空(一元性の世界・あの世)を知り、自分は完全で完璧で

                        満たされているとわかった上で、あえて、この二元性の世界を堪能したい!

                        と切望する子達もいるわけ。

                        代表格はイエスちゃんね。

                        この子達は、「空でありたい」と願う子たちとは対照的に情熱家で、

                        感情のおもむくままに発言し、行動する。

                        自分の気持ちをストレートに表現するから、無邪気な子供って感じ。

                        この子達は、「どうせ元々空なんだろ?だったら空には出来ないことをしようぜ!

                        この世でしか味わえないアメイジングな体験をー!!」

                        という目的があるから、この世で自我(エゴ)があることによって

                        揺れ動く二極の体験を目覚める前以上に心底楽しんでるって感じよ。

                        この子達は、「エゴWelcome!」の傾向があるわね。

                        これね、どちらがいいとかダメとかじゃないのよ。

                        どちらも魂の目的に従ってるし、

                        どちらも熱い思いを持っていることに変わりはないんだから。

                        単なる個性。

                        単なる表現方法の違いでしかないわ。

                        どっちの側面も持っている子がほとんどよ。

                        どちらが強く出来てるかってことだけね。

                        時と場合により、ブッダちゃんモードになったり、イエスちゃんモードに

                        なったりすることもあるし、いろいろよ。(・∀・)』





                        へえ〜!

                        言われてみれば、時と場合によって違うな。

                        ついこの間まではブッダモードで、「ニュートラル」でいる

                        自分が楽しかった。

                        しばらくして、なーんかしっくりこないなーって。

                        なーんか物足りないなーって気がしてきた。

                        で、あっそうか!欲求をセーブしてるからだ!って気づいて、

                        ここ最近は、がっつりイエスモードだもん。

                        「エゴって素晴らしいシステムだよな〜。エゴがあるから、

                        この幻想世界の感情体験をリアルに味わえるんだもんなー!」

                        ってしみじみ思ったりしてさ。

                        「どうなるかなんてどうでもいい!今、やりたいことをやればいい!」

                        って吹っ切れた感じで清々しい気分。

                        ウキウキワクワクしたり、ドキドキキュンキュンしたり、

                        喜怒哀楽、一喜一憂も、楽しんじゃってるって感じだもん。

                        何か変だけど。( ̄▽ ̄)





                        『ブッダちゃんモードから切り替わる時は、

                        魂が「変化しま〜す」って言ってたのね。

                        それを違和感や物足りなさとしてキャッチしてたわけね。

                        すべての流れは完璧ね〜!

                        我ながら惚れ惚れするわ♪(・∀・)』




                        つづく・・・

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                        posted by: メモル | 神との談話2013 | 12:32 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |