Search
新着記事
カテゴリ一覧
月別
プロフィール
応援クリックTHANKS!
にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアルメッセージへ
にほんブログ村
メールフォーム
QRコード
qrcode
メモルのおすすめ♪
PR
Links
RSSATOM 無料ブログ作成サービス JUGEM
スポンサーサイト
0

    一定期間更新がないため広告を表示しています

    posted by: スポンサードリンク | - | | - | - | - | - |
    2013年の変容:その75
    0

      (・∀・)からメッセージ。

      長文なので、オネエ言葉は無しよ♪




      『わたしたちは元々”空”という源の神、宇宙の根源そのものだが、実際、

      「ですよね!だと思ってました!」って即答出来る者がいるかというと

      そうじゃない。

      「そうなの?」と半信半疑だったり、「んなわけない」とはなから信じなかったり。

      というもの当然だ。

      本当の正体をカモフラージュするためのプログラムを仕込んであるのだから。

      それが”自我(エゴ)”だ。

      エゴがある”おかげ”で、わたしたちは人間として地球に暮らし様々な人生ドラマを

      体験できている。

      肉体、五感、感情、思考をお供に意識である魂は”自分”という一人の人間として、

      この世を生きる。

      数え切れないほど存在する生物のひとつとして。

      無限に広がる宇宙の細胞のひとつとして。

      大勢の中のひとりと何の疑いもなく錯覚してしまうほど、よく出来たシステムであろう。

      物心ついた時には、エゴを自分だと錯覚してしまうほどに。

      ”自分”という一人の人間ではなく、外側のすべてが”自分”自身であるのに。

      そうとは到底思えないほど、しっかりカモフラージュされている。

      だが、魂はすべてを知っている。

      知ってるから、教えてくれる、常に。

      でもそれは繊細な”感覚”だからから、思考や感情ばかりに

      フォーカスしていると、そのメッセージを逃してしまう。

      なぜ魂はすべてを知ってるか?

      魂は空だからだ。

      ”自分”という意識からわかりやすいように魂とか、

      ハイヤーセルフという表現しているにすぎない。

      あなたの意識が空だ。

      思考でも、感情でもない。意識だ。

      空はとても静かで非常に穏やかだからその存在に気づくには、

      賑やかで騒がしい思考をおとなしくさせるか、もしくは、

      思考の外側に出て眺めることが出来ないとむずかしい。

      だから瞑想をする者がいる。

      思考をコントロールする意識、思考を観察する意識が空である

      わたしたちの本来の立ち位置。

      完璧で、完全で、無限で、至福そのものである空は、そうじゃない自分を

      味わってみたいと願った。

      そして叶えた。

      その瞬間に、わたしたちはいる。

      欠陥、不完全、有限、苦というあらゆる自分ではないものを

      自分自身で”捏造”したことをすっかり忘れてのめり込んでいる。

      すべては、でっち上げだというのに・・・。

      そのくらい、夢中だった。

      楽しく、楽しくてしょうがなかった。

      自分を忘れ、本当の自分を思い出していくゲームではあるが、

      自分を忘れていく過程が思いのほかクセになった。

      ついついのめり込んでしまった。

      そして、ハッと我に返った。

      あっ!これは自分を思い出すゲームだった!

      その瞬間が、まさに、今、この時代。

      この気づきがアセンションだ。

      空がハッと我に返ったと同時に、我に返った(覚醒した)者がたくさんいるだろう。

      何度も言うが、なぜならそれは、わたしたちが、空だからにほかならない。

      自らを忘却し人間として生きてきた空は、自分の正体を思い出すゲームであることも

      うっかり忘れるくらい、夢中だったのだ。



      時間を忘れてゲームに夢中になる現代の子どもたちは、

      まさに、地球人間ゲームのプレイに夢中になっている空の体現者だ。

      ゲームを創り出した大人たちも然りだ。

      彼らは、空意識である自分を思い出した先導者たちなのだ。

      夢中になって、”当然”なのだ。

      「ゲームばかりしてないで、勉強しろ」という大人たちは、

      もう古くて使い物にならないエゴプログラムが強力に働いている。

      そのプログラムは、恐れや不安というOS上で動いている。

      ゲームばかりして勉強しないと、苦労すると思い込んでいる。

      自分が本当にしたかったことを放棄して、社会の、親の価値判断に

      従って生きてきた者は、頑張って勉強した”おかげ”で、

      平均的な保証と安全と豊かを確保できた・・・と思い込んでいる。

      頑張ったから、努力したから・・・そう思いたい気持ちはわかるが、

      その恩恵ではない。

      社会がそういうシステムになっているから、そうなるのは当然なのだ。

      世の中をよく観察してごらん。

      その証拠に、いつまでたっても、すべてにおいて、

      ”平均的”水準を超えることはないではないか。

      いつしかその状態が当たり前になり、しがみつき、変化(進化・変容)することを放棄し、

      安心・安全、かつ居心地が良い環境で老化(衰退)していく。

      なぜ、そうすることを選んでしまうのか?

      裏を返せば、平均的水準から、社会から外れることが怖いのだ。

      そういう価値観が当たり前の世代に育てられた子どもたちの中には、

      校内・家庭内暴力に走ったり、暴動を起こす者もいる。

      ニートや引きこもりと言われ、社会システムから自らエスケープする者もいる。

      深刻な場合には、この世からエスケープする者もいる。

      それらは、みな社会問題とされる。

      でも、社会にとっては問題だろうが、魂から言えば問題ではない。

      当然のことだ!

      それは、正当な、純粋な魂の叫びなのだ。

      すべては、本音(魂)で生きられない環境に置かれていることが原因だ。

      それに気づいてあげられる大人がどれだけいるだろうか?

      本来、子どもにしたいことをさせてやるのが、親の役目だ。

      子どもが心からやりたいと思うこと、夢中になることを無条件に受け容れ、

      衣食住や経済面で、応援し、サポートするのが、親というものなのだ。

      もちろん、勉強が好きで好きでたまらないという子には

      より勉強に専念させられる環境を整えてあげるのが最善だろう。

      だが、事実、勉強嫌いの子は多い。

      なぜか?

      ”強制”だからだ。

      社会から、本業と”決めつけられた”勉学をおろそかにすることは、

      社会組織の中で生きていくには、ハッキリ言って不利だ。

      しかし、社会組織の枠から一歩外へ出たらどうだろう?

      それは、自分自身ででっち上げたものだとみたらどうだろう?

      空という意識で世の中を見たらどうだろう?

      事実、ゲーム好きの子どもは多い。大人も多い。

      無我夢中で、何時間もゲームに熱中出来るその情熱は何だ?

      勉学からの、逃げか?社会からの、逃げか?

      古い価値基準の者は、逃げだ、と批判するだろう。

      しかし、そうではない。

      この世界が、ゲームの世界のような、幻想の世界であることに

      彼らは気づいているのだ。

      彼らは、彼らなりに、新しい時代を告げるメッセージを送っているのだ。

      恐れや不安という自動強制システムに流されることを何の疑問も持たず、

      それで良しとしている者たちに。



      エゴというシステムには、あらかじめ設定してある”固定観念(思い込み)”がある。

      「自分は空(神)ではない。完全ではない、完璧ではない。」

      という思い込みだ。

      すべての恐れや不安、苦しみはこの思い込みが原因だ。

      これは、この世に生をうければ、自動的に発動する。

      前にも言ったが、これは、自分を思い出していくゲームだからだ。

      思い出すためには、完全で完璧で全能な神である自分を忘れなくてはならない。

      だから、このシステムが必要だった。

      これは、空にしてみれば、画期的で、驚異的だった!

      覚醒した者は、エゴというシステムを自らが設定したことに気づいた者たちだ。

      自分が設定したことに気づけば、今度は、それを解除することも出来るというわけだ。

      解除というのは、言葉の綾だが、

      プログラムを書き換える、と表現したほうが近いかもしれない。

      なぜなら、エゴ自体は消えないからだ。

      この世を生きているということは、エゴ装備は必須条件だ。

      だが、がっかりすることはない。

      ひとつ、提案がある。

      これからは、エゴシステムを受動的(無意識的)ではなく、

      能動的(意識的)に活用してみてはどうだろう?

      「自分は空(神)ではない。完全ではない、完璧ではない。」と

      あらかじめプログラミングしたものを、

      「自分が空(神)である。完全であり、完璧である。」

      そうプログラミングし直してみるのはどうだろう?

      プログラミングを変更したら、どんな人生が始まるのだろう?

      いかがだろうか?フツフツと興味が湧いてこないだろうか?

      とはいえ・・・

      どうプログラミングするかは、自分自身が決めることだ。

      完全なる選択の自由が、人間であるわたしたち全員に与えられた特権だ。

      今を、自分が生きたいように生きないでどうする?



      空は、”あなた”という存在として、今を生きている。

      あなたは、元々、完全で完璧で全能だ。

      欠けているところはひとつもない。

      今までは、制限することが楽しかったかもしれないが、

      もう、それに飽きたのだ。飽和状態なのだ。

      自分じゃないものを味わいすぎて、見るのも嫌なのだ。

      だから、本来のゲームの目的である、

      「本当の自分を思い出し、体験する」モードに切り替えたのだ。

      ここからが、前代未聞の空(神)の醍醐味だ。

      あなたがたが全能であることは、もう伝えた。

      あなたがたひとりひとりが、どのような無限の可能性を表現するのか、

      わたしは楽しみで楽しみで仕方がない。

      わたしはまたもや夢中になるだろう。

      確実にのめり込むだろう。

      さあ今から、無限の喜びと至福の世界を共に創造しようではないか!(・∀・)』




      つづく・・・

      応援クリックTHANKS!
      にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアルメッセージへ
      にほんブログ村

















       
      posted by: メモル | 神との談話2013 | 15:37 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
      スポンサーサイト
      0
        posted by: スポンサードリンク | - | 15:37 | - | - | - | - |









        この記事のトラックバックURL
        http://memole-happy.jugem.jp/trackback/163
        トラックバック