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    2015年の統合:その44
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      『さあ、今日もマインド・エクササイズをしつつ、

      一味違った観点からあなたたちに起きていることを眺めていくわよ!

      前回、100%スピリットとして覚醒していないマインド(心)は、

      エゴとの共同創造しか出来なくて、その状態でこの世界につくり出したものは、

      生命のないゾンビみたいなものだ、って話をしたけど、

      なぜ、あなたたちが現状、エゴとしか共同創造出来ないのか、

      なぜ、このようなことになってしまったのか、解説していくわよ。

      いつだったか、それはあなたたちマインドが夢をみている、

      しかもそれは悪い夢だって話をしたんだけど、

      今日は、それとは違う比喩を使って説明するわね。

      い〜い?

      真実を語る時は、比喩でしか表現できないの。

      形のないものだからね。

      それを幻想世界で通用する言葉で語るには、物語調に語るしかない。

      このことをよーく覚えておいてね。

      だから言葉に惑わされず、真意を感じ取ってちょうだい。

      わかったわね?

      まず、なぜこのような”事態”になってしまっているのか?

      それは、マインド、つまり、

      あなたたちという「心」は元々、神と一つだった。

      この”心の状態”を新約聖書でイエスちゃんは「神の子」と表現してる。

      アタシはこれを「100%スピリット」とか「スピリット・マインド(神の心)」

      と表現している。「魂」という時もあるわね。これ、みんな同じ心の状態。

      ここまではOKね?

      で、「エゴ(自我)」っていうのは”どういう状態”か、というと、

      神から離れたと誤解している心、神に対して後ろめたさを感じている心なわけ。

      で、エゴって言うのは、”何か”って言うと、

      いつも神と一つで愛に満たされている100%スピリットである神の子の

      「空想上での心の状態」のこと。

      どんな空想かというと、

      「私は神の子。神(父母)と同じスペックを兼ね備えた完全無欠の神の子。

      だったら、神の手の届かないところでも、神同様に創造出来るんじゃないか?

      神という愛の領域から外へ出ても、神のように完璧なものを生み出せるんじゃないか?」

      そんなちょっとした思いつきで始めたこの空想なわけだけど、

      神の手の届かないところでは、

      神という愛の領域の外側では、100%スピリットだった神の子も

      神の子としては存在できなくなり、「エゴ(自我)」という別人格が形成されてしまった。

      そんなはずはない、とエゴとなった神の子は必死に創造しようとしたけど、

      神の手の届かないところで行う創造は、あらゆる分裂を生み出し、

      愛とはかけ離れた恐れしか生み出せず、散々なありさま。

      愛が機能していない場所では、神のような完璧なものは生み出せない・・・

      神と一つでなければ完全で不変で永遠の真実である「愛」は創造することが出来ない・・・

      このちょっとした思いつきで始めた空想により、

      自分は神と一体であるからこそ神の子でいられるのだ、

      神と一つであるからこそ完全な愛なる存在を生み出せるのだ、

      と気づいた神の子は、こんなバカげた空想は金輪際やめよう!と我に変える。

      神と共にあるこの状態が自分が自分でいられる唯一の場所だということを

      悟った神の子は、空想とはいえ、

      一瞬でもこんなことを考えてしまって、神様ごめんなさい!

      あまりにもむなしく、悲しく、苦しい状態を

      引き起こすようなことは妄想は二度しない!と心に固く誓ったのでした。

      チャンチャン!

      ってのが、今、あなたたちに時間差で起こってること。

      空想の中でバラバラになったエゴ(自我)が、神の子という

      一つの純粋な心の状態に戻って行く(我に返る)、というプロセスを

      あなたたち一人一人が疑似体験してるってわけ。

      この神の子の空想は一瞬にして起きたことで、

      もうすでに「完了してること」なんだけど、

      その空想上の出来事の中に、空想であることに気づかず、

      抜け出せずにいるのが今のあなたたちなわけ。

      この空想上の出来事でしかない架空の世界を”現実”だと思い込んで

      彷徨ってるわけ。

      神の子という神と共にいる本当のあなたたちは目覚めているの。

      眠ってなんかいない。

      神と一つであることに至福を感じて満たされている。

      一瞬のバカげた妄想により、より一層神のという愛の偉大さを痛感したわけだから、

      もし離れたら・・・?なんて恐ろしいことは考えないと固く決意したわけ。

      それは、空想上の出来事だったわけだけど、

      エゴ状態の神の子にとってはとてつもなくリアルに恐ろしく、

      とてつもなく後ろめたく申し訳ない気持ちでいっぱいになるようなことだったの。

      神という愛の存在しないところでは、愛の状態が維持できず、

      生み出すものは愛とはかけ離れたものばかり。

      それどころか、生命あるものも何一つ生み出せない。

      空想上の空想、つまり、幻想による幻想しか生み出せない。

      どんなにがんばっても、神なしじゃ”本当に存在するもの”、

      ”本当に生命あるもの”は生み出せない!

      自分と神は一つなのだ!これが”本当の自分”なのだ!!

      という悟りに達したのが、

      100%スピリットである神の子(純粋な心)として我に返った

      これからそうなるであろうあなたたちの状態。

      ここから”意識的な真の創造”が可能になるの。

      何となくわかったかしら?(・∀・)』





      うん、なるほどね。

      やっぱり、これは空想の中の出来事なんだ、幻想なんだって

      気づかないうちは、エゴとしての創造しか出来ないってことなんだね、

      まあ、この状態だと、創造っていっても、

      創造したつもりになってるだけで、生み出されるのは「まぼろし」なんだけどね。

      だから、夢のようにすべてがはかなく消えていく運命なんだね。

      しかも、申し訳ない気持ちで創造しちゃってるから、

      生み出されるものも罪悪感の塊になっちゃうわけだ。

      その罪悪感の塊である散り散りバラバラになったエゴという個々が、

      お互いに罪の意識をなすり合いしているわけだ。

      それが反映されているから、この世界は争いが絶えないわけだ。

      人間だけじゃなく、自然界も食物連鎖や弱肉強食で争い、

      ミクロのレベルでは細胞や細菌、ウイルス同士も争い、

      マクロのレベルでは星々も争い、銀河も争い・・・

      生まれては消えていき、また生まれては争い合う・・・

      ただの妄想に過ぎないのにね。

      こんなにもリアルに感じてしまう。

      そして、それが当たり前だと思い込んでる。

      そういう運命だ、この宇宙の法則からは逃れられないんだよ、

      と思い込んでいる。

      ただの幻想なのに・・・

      現実じゃないのに・・・

      わたしたちという心は、今でも、片時も離れず神と一緒にいるのに。

      形あるものにこだわってしまう。

      形を成した、物に人に自分に執着してしまう。

      それははかなく消えゆくまぼろしなのに、追いかけてしまう。

      こだわるべきなのは、執着するべきなのは、

      追いかけるべきなのは・・・形状を成しているそのものではなく、

      その向こう側にある「心」なのに。

      形あるもののに隠れて見えない「思い」なのに。

      「大切なのものは目に見えない」

      サン・テグジュペリには、みえていたんだね。

      その形の向こう側にある「スピリット」がみえていたんだね。

      私もさ、今日、本屋に寄った時、

      まずは物(幻想)として、本をただの紙の寄せ集めだと認識した後に、

      その向こう側にある「心」を感じようとしてみたの。

      本そのものはエゴが生み出しものだから生命は宿ってないけど、

      その本を書いた「人の思い」が宿っているんじゃないかって。

      それを見抜こうと意識してみた。

      そしたらさ、語り掛けてくるように感じたんだよね。

      本を通して、「心」で語り掛けてくるの。

      気のせいかもしれないけど・・・本が本じゃなく見えてきたんだよね。

      イキイキと脈動する生命体?みたいに思えてきたの。

      本はあくまでも本だよ。本がスピリットなんじゃなくて、

      作者の「思い」が、本という媒体を通して、

      スピリットを感じさせるんじゃないかなって。

      私たちは一つの心だから、ね?( ̄▽ ̄)





      『そんなことまで出来るようになったの?

      あらあら、スゴイ進化だわね〜。

      まあ、世界観がひっくり返ったから当然っちゃ当然よね。

      ってことは、あなたは、

      幻想世界を超越して、形なきスピリットの世界である真の現実を

      心の眼でみれるようになってきたってことね。

      何も誰も切り離されてなんかいない、たった一つの心、

      純粋なスピリットとしての自分を認識し始めたってことね。

      いいわよ、いいわよ、その調子よ〜!(・∀・)』





      あとさ、今日、ふと思い出したんだよ。

      ある時出会った人たちに、私から尋ねたわけじゃないのに、

      向こうから、ツインレイの彼のことを見抜かれて、

      メッセージをもらったことがあったんだよね。

      一人の人は、彼の姿が透視できたみたいで、年恰好も言い当てたの。

      で、「その人とあなたは思い合っています」って告げられて。

      もう一人の人には、「彼の強いエネルギーが存在しています」って言われて。

      それで、今日のことがあって、思ったんだけど、

      この「思い」こそが、”真実”なんだろうな、って。

      形ある彼とは、もういつどこで会えるかもわからない状態だけど、

      彼の思いは、常に共にある。

      「心」で一つになっている。

      これが、真の現実なんだろうなって。

      現状、私は結婚していて、子どももいて、

      それを彼も知っていて。

      離婚の意思は伝えて、別居はしているけど、

      まだ正式には成立していない。

      思い合っていても、どうにも出来ない関係であることは確か。

      高尚で高潔な心の持ち主だから、思っていても気持ちは告げられず、

      ただ見つめるしかなかった・・・

      逢いたくてもなかなか逢えず、歌を通して気持ちを届けてくれたり、

      心が読めるサイキックな人を通じて、

      「彼という心」は告げられぬ想いを伝えようとしてくれてるんじゃないかなって。

      彼の姿が毎日幾度となく脳裏に浮かぶのも、彼の思いがヴィジョンとなって、

      私にメッセージを伝えてるんじゃないかなって。

      これって、よく考えると、

      幻想世界じゃない、その向こう側で起きるよなって。

      全部、「思い」「心」で起きていることだなって、そう思った。

      レオナルド・ダ・ヴィンチも気づいていたであろう幻想の向こうに

      隠れて存在する本当の現実世界。

      これがその現実世界かどうかはまだ確信はないんだけど、

      なんとなく、かわりかけてるような・・・そんな気がするんだ( ̄▽ ̄)





      『うんうん、その調子、その調子♪

      「大切なものは目には見えない」

      肉眼ではなく、心の眼で、そこに隠された真実を見抜く!

      そこに、本当の現実世界が姿を現す!

      そういう訓練を積み重ねることで、

      何か真実で、何がまやかしか、はっきりと分別がつけられるようになるわ。

      完全覚醒したマスターになるってのはね、

      つまり、100%スピリットとして目覚めるってのはね、

      努力あってこその賜物なのよ!

      継続は力なり!!ローマは一日にしてならず!!

      千里の道も一歩から!!

      楽して目覚めようったって、そうはいきません!

      一歩一歩前を見て歩き続けてこそ、たどり着ける境地なの!

      即席ファストフード・マスターじゃダメよ!

      そんなひ弱なマスターじゃ、赦しという”キリスト業”は務まりません!

      速攻クビ!顔を洗って出直しよ!

      大地にしっかりと根を張り、どんなカタストロフィーにもビクともしない

      大樹(巨木)のようなマスターにおなりなさいっ!

      大丈夫!あなたたちには神という”バックボーン”がついている!!

      あなたたちは、常に神と共にある!!

      あなたたちの生みの親である神へと向かう努力は必ず報われるわ!

      それを忘れずに。

      信じるのは、それだけでいい!(・∀・)』







      つづく・・・

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      posted by: メモル | 神との談話2015 | 01:42 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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