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2013年の変容:その6
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    私は小学生の頃からこんな風に思って生きてきました。 


    「必ず、幸せになる方法は、ある!」  と・・・。



    小学校5〜6年の頃の私は「苦しみ」の中に生きていました。 

    「いじめ」にあっていたのです。

    今は、ニュースでも取り上げられ、学校や家庭が原因だとか、

    警察が介入するほど大きく問題視されていますが、

    当時はそうでもなかったと思います。

    実際、私の親でさえ、見てみぬフリです。

    いじめられてると、うすうすわかっているのに、母親には、

    「逃げるな!お前が弱虫だからだ!!」と言わんばかりに、

    すごい剣幕で怒鳴られ、無理やり「いじめ」の中に放り込まれたりもしました。

    助けを求めたくても、怒られると思うと、もう親には言えず、

    孤立しようが、陰口を言われようが、毎日学校に行くしかありませんでした。



    そこから逃げたかったけど、逃げる方法がみつからなかった。

    自分を守る方法がわからなかったのです。



    世界の狭い子どもにとっては、学校生活がほとんど人生の全てであったので、

    とても苦しく、小学生にして、自殺も考えたほどです。

    でも自殺はしませんでした。というか、出来ませんでした。

    自殺の仕方もわからなかったからです。

    それは、救いでしたが。



    でも、誰かに助けて欲しかった。

    親に頼れなかった私がとった行動は、

    親に見つからないように、毎日神棚に拝むことでした。

    神様に祈る、それしか出来ませんでした。

    でも、それがよかったのではないかと今は思えます。

    なぜなら、そうすることで、



    「今は、苦しくても、必ず、幸せになる方法は、ある!」  



    そういう思いが、心の中に生まれてきたからです。

    なんの根拠もなければ、確信もありませんでしたが、

    でもなぜか、そう信じていました。

    それが、私の生きる原動力となっていきました。

    今思うと、「本当の自分」からメッセージだったと思います。



    私にとって、いじめられていたことは、今はただの「記憶」でしかありません。

    親にも学校にもクラスメートたち対しても、ネガティブな感情は持っていません。

    もう、きれいさっぱり昇華されました。



    あとになって、ある友達がいじめの真相を教えてくれました。

    私に「好かれてない」と思ったA子が、私に関する根も葉もない

    悪い噂や、「メモルちゃんが、○○ちゃんの悪口いってたよー!」

    というウソの情報を流して、クラスメート全員を巻き込んで

    孤立させていた、ということでした。

    A子も実は前から影でいじめにあっていたという事実も聞きました。

    友達が多く能天気にのほほーんと生きていた私が疎ましく

    感じたのかもしれません。



    でも、妙なことがありました。

    学校では、A子も私に嫌がらせをしたりしているわけですが、

    二人きりになると、何事もなかったかのように

    話しかけてきたり、親しげにしてくるのです。

    しかも、私が転校をする前日、A子がA子の家族と私のお別れパーティーを

    してくれたりもしました。お母さんの手作りケーキを用意して。

    私は、訳がわかりませんでしたが、その誘いにとまどいながらも応じました。

    引っ越したあとも、まめに手紙をくれたりもしました。



    そして、ハッ!と気づいたことがあります。

    原因は私にあったんだなーって・・・。

    A子は私と遊びたがったり、よく話しかけてきたりしていましたが、

    私は、A子にちょっと苦手意識をもっていたので、

    あまり深くは関わりたくないなーと何となく思っていました。

    A子は、自慢ばかりしてズル賢く性格が悪かったからです。

    A子は、私のことがとても好きで、仲良くしたかったという

    思いが強かったとしたら・・・

    そして、A子の「愛」が強いあまりに、失望、妬みという裏側が出てしまい、

    その形を変えた「愛」がいじめという行動を取らせた、と考えたら・・・

    上記の妙なA子の行動に不思議と納得がいきます。

    私はというと、その思いに当然答えてあげられていませんでした。

    A子はおしゃべりな子だったので、

    いつも私は聞き役に徹していましたが、

    「どうしてメモルちゃんからしゃべってくれないの!」

    と、何度かA子に言われたこともあったなーと。

    そういう裏や流れを考えると、A子は他の子を私から遠ざけることで、

    私を独占したかった・・・

    とも何となく思えてきちゃうのは気のせい?

    恋愛関係じゃないけど、私はとにかく相手からの

    ラブコールに鈍感ちゃん・・・だったのかも(^^ゞ



    まあ、なんやかんやありましたが、

    このような「過去」の出来事は、その時その時の

    「自分の在り方」で、いくらでも変化しちゃうんですよね。

    私の場合、この過去の経験は、わりと最近まで、

    「心の傷」「トラウマ」という名の存在でした。

    だからその後の人生でも、私がそう「思い込んでいる」から、

    そう「決めつけているから」そういう現実を作り出していました。

    人間不信で、対人恐怖症ぎみで、

    心許せる友人はごく少数で、人付き合いは希薄でした。



    今、現在の私は、というと、

    「全ては、自分で創造したこと」という真実を採用したことで、

    「心の傷」「トラウマ」という名の存在が跡形もなく消えました。

    もう今は、人に対しての恐怖心はありません。

    すべての出来事は、「自分自身が神という創造の源だ」と

    気づくためのプロセスであっただけ、という解釈に変化しています。

    そのために、自分でその経験をわざわざ用意していただけとも。



    要するに、苦しい時期というのは、本当の自分の正体を

    カモフラージュするために、

    人生をより面白くするために、

    正体が解った時の感動を大きくするためにー、

    せっせと自ら「苦」を増産しちゃってる状態、ってことです(^^ゞ



    その状態が嫌で、苦しみもがいて助けを求めていた(神に祈っていた)

    あの時の私に対して、神が言いたかったことを直訳するなら、

    前回、神がポップコーンを食べながら言ったセリフ、


    「そない言うなら「苦」を創造するの、やめたらええやん!(・∀・)」


    になるわけです。


    でもその時の私は、自我で固められていて、

    「苦」を創造する作業に無我夢中になっていたので、

    すんなり、「なるほどですね!」と腑に落とるわけもなくー、


    だから、漠然とした、


    「今は、苦しくても、必ず、幸せになる方法は、ある!」  


    という、何だかものすごーく遠いものを追い求めるかのような

    解釈になってしまっていたわけです(^^ゞ

    その時すでに「幸せ」は自分の中にあったのにねー。




    で、子どもの頃、根拠もなく思っていた


    「必ず、幸せになる方法は、ある!」


    は、「本当にあった」と私は思っています。


    それは・・・




    「神なんじゃけぇ、自ら「喜び」を創造すりゃぁええんじゃ!(・∀・)」




    きょ、今日は広島弁?!



    ア、アメイジング・・・




    つづく・・・







    posted by: メモル | 神との談話2013 | 14:11 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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